昭和38年11月、手狭となったため住職を頼り、楽しかった北白川から隆彦院へ転居した。終の棲家となる伏見へ、昭和52年に引っ越すまでの約15年間をこの地で過ごした。
類稀な画力に加えて、激しくそれでいて温かく優しい、おまけに、人懐こい人間性と潔さまでも備えた赤松の周りには、多くに理解者や信奉者、支援者の輪が広がり、赤松の日本画家としての世界も大きく広がって行った。


No.作品名制作年サイズ所蔵
18.憩(いこい)125×75
19.働く人1967184×94
20.196790×59
21.鳥の化石(とりのかせき)1965207×126
22.石譜(化石始祖鳥)93×175
23.石ノ中ノ魚97×183
24.164×100
25.髪(かみ)1963181×98
26.業(ごう)1977173×97
27.女(おんな)たち212×149
28.197499×155
29.妖艶(ようえん)1974151×189
30.女(おんな)1975215×142
31.出を待つ(でをまつ)162×100
32.舞妓1971210×150
33.舞妓136×86
34.舞妓1972121×83浩志会
35.娘(むすめ)ら1970226×149
36.1969205×145
37.姉と妹(あねといもうと)170×115
38.装い163×113
39.姉妹1968102×51
40.老婆164×89