11月21日、圓徳院と赤松一家の会の共催で、「赤松燎は、岡山県産の2匹目のドジョウになれるか?」をテーマに、紅葉のシーズンを迎え多くの観光客が押し寄せた圓徳院方丈でギャラリートークが開催され、赤松燎の魅力や思い出が熱く語られた。
< 主な発言 >
「いまだに多くの方に慕われていて感慨深い。気性は激しいが優しい人だった。」
「学生運動の盛んな時代に朋友会が生まれ、学生が何を考えているのか関心があった。」
「『わしは描いた絵を売らんのじゃ』と言っていたが、そのお陰で絵は散逸を免れて岡山の持宝院に集中できて後世の評価を待つことが出来た。」
「名古屋の友人が強烈な赤松押しで私も興味を持った。今、この部屋にある白龍と裏手にかかっている老婆の絵は同じ人が描いたとは思えないほど作風が違う。」
「白龍が赤松本来の絵だと思う。義理人情の人だった。」
「先代の住職が頼もうとした山口華楊が亡くなったので、赤松先生に声がかかった。狩野派全盛の時代に影に隠れた存在だった長谷川等伯に自分の姿を投影していたのではないか。」